Profile



仕掛け人:Hiro君(花の60歳代。女房がこう呼びます。皆、気持ち悪がります。)


プロフィール幼稚園の時、バイオリン教室が幼稚園で開かれており、親にねだって入門。
但し、教え方は酷いもので、先生の歌にあわせて、バイオリンをキーキー弾くといった、とんでもないものだった。
この頃、ドミナント和音(ソシレファ)をシレファと判別していた。バイオリンは嫌々続けるも、全く上達せず、
中学に入った時、オーケストラに入部するからと言って、上手く個人教師を辞めた(この頃先生は、先代のお嬢さんで、
美人だったなあ!!)。オーケストラは三日で止めた。(飽き性だし。)


中学で、おきまりのBeatlesに嵌る。成績急降下、とてもギターなど買ってもらえず、友達のギターを自分のものの様に使った。
当時はろくな楽譜が無く、又誤りも多く、コードは曲を聴いて、自分で判別した。
成績下降のため、音楽禁止令がでて、大学に入るまで楽器無しの状態。入ってからは12弦ギターを買ったが、安物で、
チューニング不能で捨てた(実はまだとってある。捨てるのにはお金も要るし。)。軽音楽部を横目で見ながら、体育会系で通した。

卒業後、定職を得て、とても演奏などする暇無し。飲み屋で下手なピアノを弾いたりして喜んでいた。
30も半ばになって、職場にクラリネットがあるのに気づき、吹いたら音が出たので、早速買いに行く。
練習3ヶ月で人前で吹く。音が裏返るのも何のその。
これも飽き、アルトサックスを購入、これまた3ヶ月で飽き、次はソプラノサックス、次いでテナー、と下手の横好き、飽き性は
全く治療不能。


そんな頃、北村英治氏と知り合い、吹っ飛ばされそうになりながら、2曲一緒に演奏させて貰った。
(それにしてもプロは凄い音を出すもんだ。)
アメリカに2回、オーストラリアに1回、北村氏がジャズ・フェスティバルに行くのにもついていった。
その後、単身赴任が続き、ある日、サイレント・バイオリンを購入、自分の出す音に苦しみ藻掻きながら、練習した。
これも人前で演奏したが、相当酷かったなあ。
その後、バイオリンにはつくづく自分には合わないと反省、練習を止めた。最近懲りずに又やってるけど。
その後、神戸に引っ越し、ビブラフォーンの巨匠、鍋島直昶氏と直に話が出来る様になる。鍋島氏のライブに日参、
とうとうバイブを購入、止めりゃいいのに必死に練習に明け暮れる毎日です。でも、これ以上、上達はしません。
トホホ。
鍋島氏に師事する様になってから、多くの優れたミュージシャンと知り合いになったり、知ってたけど、余り話せなかった
ミュージシャンとも懇意になり、一挙にジャズの世界が広がった。
(こんな事なら、学生の頃から軽音楽部に入ってやってりゃよかった。)

京都では、15,6年前より時々ジャズ・ピアニストの寺崎純氏に揉んで貰っていた。
彼がライブでもしない??と持ちかけたのが、手作りライブのきっかけになりました。

要するに、音楽が堪らなく好きなんだけど、初見で弾けるほどの楽譜を読む力もなく、技量も我流のため、ちっとも上手にならない。
唯、ハーモニーの感覚が多少人より優れていたかも、っていう、飽き性で堪え性のない人間が、いい加減に、
(でも、本人は命掛けのつもりで)やってきたと言う話です。(それを最初に言えって??最後までお読み頂き、感謝いたします。

inserted by FC2 system